変わらないために変わりつづける

懐かしい言葉。15年ほど前に出したエッセイ詩集(まだ買えます(;’∀’))に書いた言葉。

この《変わらない》ものは、いまも変わらない。

普遍的なことだから。頑固とは違うのでご理解ください。

そして、この《変わらない》ものがブレないでいるから、《変わらない》ものを育んでいけるような出合いがその時々のわたしの意識レベルに見合った形で現れる。

それは、《ひと》だけではなく《ものごと》だったり《ひらめき》だったり種類は様々だけど《変わらない》もの応援グッズであることは確かだ。

わたしはそれを《宇宙の采配》と受け入れる。だから表面的には変わりつづけているようにも見える。新しいことに手を出したようにも見えるし、気が変わった様に見えることもあるらしい。

こちらにとっては、物心ついた時に発見してから変わっていないことをずっと追って行っている過程で、大人になったり、ひと試練終えたりしていくと、それは当然子どもの時よりも、やりやすくなっているし、若い時よりもそこへ向かう道が絞れてきたりもする。無駄が減ってくるから。エゴとか見栄とかね(^_-)-☆

 

されど、この道「変わらないために変わりつづける」は、永遠の未完なので結果に向かっているわけではない。

プロセスがそのものなのだ。

「プロセスはいつも神秘に満ちている」という言葉は数年前に自身の中から生まれた言葉だけど、

この《プロセス》は《いまここ》でもあって、自分が《プロセス》だと認識した時には過去になるという代物なんだ(^-^;

一見厄介だけど、合理的に動けないわたしにとっては飽きの来ない面白さだ。

興味が尽きない。なかなかつかめないし、つかめたとしてもそれはプロセスだから保存できない。

これが創造の醍醐味なんだよね。永遠に割り切れない。

でも人間って・・・そうだよね。

 

さて、

だれもが人生にいくつかの試練やステージがあると思うけど、わたしの場合「《変わらない》もの」が明快?だからかわかりやすくやってくる♪

 

2000年に競技選手を引退して、スタジオを独立したのは2005年。1月1日オープン。当初はダンスギャラリー響(代々木八幡)、いまはボディワークギャラリー響(初台)

2000年から2005年に至る5年間は何をしていたのだろう。

キューバにも行った。まだ籍を置いていたダンス界の仕事(全日本のジャッジなど)もしていた。

もちろん!2000年より前から舞台には出始めていたので、舞台芸術活動も始めていたんだ(^_^)v

映画出演、芝居出演、舞踏公演も行っていた。

 

2005年にスタジオを独立して、本腰を入れるためダンス界からも完全に手を引き、わたしはもはや元チャンピオンではなくて、身体表現者として生き始めたのだ。子どもの時からそうしたかったのだから夢は叶ったってわけ。

 

 

たくさんの作品を表出してきた。いい作品もいっぱいありますよ(^_-)-☆

それもプロセス。やり続けている・・・変わらないために変わりつづけていることが、なかなかいいじゃないのと思っている。

考えが変わったりすることはない。だけど、守ろうとしているというものではない。ここが説明が難しく、理解されない部分でもある。

自分の内側から生まれた確信のようなものを表出することで、変わらないものを常に実感しているのかもしれない。とはいえ、作品創作時には意識していない。作品はあくまでもモチーフであって、モチーフ探しはホントに難しい作業なのだけどシンクロと閃きあるのみで何を信じられるかだけが頼りだ。頼りない自分を信じるしかないという《プロセス》

わたしにとってのファーストプライオリティは入れ替わることはなく、入れ替わりそうになるとなにやら警告?のようなものがわたしの心身を痛めつけるし、身体に聞くと自ずと何をやるかはわかってくる。

だが、これが周囲に理解されることはあまりなく、周囲はとかくわたしが疲弊する方向をベストな方向だと意味づけしたがる。

わたしは、頑固ではなく、どこかに見落としもあるかもしれないし、変わらないために変わりつづけるのに必要なことかもしれないと思って、周囲の言うようにやってみることも多々ある。

周囲はそれで満足らしいけど、なぜか成功したためしはなく(笑)、わたしは疲弊するし何もいいことがない。もちろん責任は自分自身で負うしかないし。

なので、そういう一般論(比較的同じ言葉を耳にする事柄のこと。シンクロではなく)は、聞かないほうが良いのだろうと学習した。

当然聞かなければ「わがまま」だとかなんだとか、もっとひどい言葉で襲撃されるのだけど、それで、また自分の盲点がどこかにあるかもと耳を傾け、やってみるとやはり変わらないために変わりつづけるどころか、疲弊と無駄な労力だけが残ることとなる。

誰かのパターンが自分のパターンとフィットする例なんてないのではないかと思う。妥協と打算があればできるのだろうが。

みんな違うのよ、その違う中で、あきらめたり譲ったりしながら、共に生きているのよね。それは素敵で立派だと思うけど、使命というか天命はどんなに近しい間柄でも違うから、全うするにはわかりあうことを優先するわけにはいかない。

今生の使命はわたしにとっては結構キツイ?(いや、前世よりは、数倍孤独じゃないらしいけどね。確かに。)

 

 

今までで一番大きなステージ(人生)のシフトチェンジは、あるひとつの若かりし時の夢、競技ダンスのタイトルゲットの瞬間よりも、大野一雄に出会ったことだといえる。

でも、わたしの場合、大野一雄が最初なのではないところがまた一風変わっていて、知る人ぞ知るになってしまったから、あらためていうと、

ニジンスキーに紹介されて大野一雄稽古場に足を運んだんだ。

だから、自分にとってのセンセーショナルはニジンスキーに出会ったことなんだよね。

もちろん他界された後ですよ。

そこからわたしの人生はものすごく回転してぐるぐると変遷(変わらないために変わりつづけて)して、いまがある。

根本のところは、競技選手の時に降りてきた?ある《真理》と変わっていないんだ。

競技をやめたのは、あの世界ではこれ以上このことを探求することはできないという段階になったから。

つまり、変わらないために変わる時期が来たということ。経験や技術の向上洞察の深さは年を追うごとに長けていくわけだから、その手段が変わっていくのは必然だと思っている。

 

現象は、内なる変化よりもずいぶん遅れるし、人目に見えるようになるのは、そこからさらに何年も遅れるので、わたしはいつも無理解にさらされることになる。

「また、突拍子もないことをし始めて。」みたいな(;’∀’)

この時差どうにかならないのかねとも思うけど、そこに時間を費やしていると足踏みしちゃうので、

進むしかない。なにぶん身体はアナログだから牛歩の進みしかできないけどそれでも進んでいるんだよね。

 

さあて、なんでこんなよくわからない話を書いたかというと、そろそろ次のステージになりそうだからなんです。

変わらないために変わりつづけるのに必要な?宇宙の采配による出合いがまたあってね(《ひと》《ものごと》《ひらめき》や《本》などなどなので、出会いではなく出合いと記載)。

ホントに宇宙はどんなに自分が想像力を駆使しても想像に及ばないような采配をしてくる。

参りました。そしてありがとう。

 

いまここからスタートすることに。

 

こういうことって、シンクロとか直観とか受けとる意識もなく受けとって、意味も不明なまま意味づけもせずただただ《プロセス》を真鍮に受け止めていってるからこその《いま》なんだよね。

 

《いま》語っている時点で過去だけど(#^^#)

 

来年で、スタジオもトータル15年になります。祝祭をしようかと!

で、来月から稽古に入る大作も来年公開になるのではないかと予感。

 

長くなりましたのでこの辺で。

ちょっとスッキリしました。お付き合いいただきありがとうございました!

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